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  • 二子渉

「次のブッダはコミュニティの形をとってあらわれる」

たしかティク・ナット・ハン師が「次のブッダ はコミュニティの形を取って現れる」というようなことをおっしゃっていたと思うの。


最近それがとても実感されるんですよね。


僕はてっきりパートナーシップのことを熱心に伝えてきていたつもりだったのですが、実際にはコミュニティが出来上がってきている。

お互いがトラウマ反応からではなく、自分の良質な部分から関わり合う社会が、そういう文化圏が、僕の周りにはすでにけっこうつくられていた。


***


単に自立した人たちの集合体じゃないのがミソ。

それならなんというか、もうだいぶある。

長らく僕はそういう場所に支えられ、癒されていました。

なんというか、お互いの自由を尊重し合い、決して変に干渉しない距離感のある場所。


これ以上踏み込んでくる人、踏み込んでくるか関わりにはそれまでろくなものはなかったので、このなんというか、ある意味薄味なつながりが僕に取ってはとても心地よかった。


だからティク・ナット・ハン師は、長らくこういうコミュニティのことを言っているのかなと、ぼんやり思っていたのでした。



でも今は、もっと違うその先の可能性がよく見える。


***


僕の周りにできてきたのは。

自立した人たちが、真につながり合いながら生きる場所。


干渉してコントロールするのではないのに、大切な人と共に生きるためにお互いが変容していける場所。


真実によって、お互いを鏡として自分を知り、真実によって自分を相手に知ってもらう。

真実の他者に出会った人は、自然に愛から変容する。(この辺もうちょっと詳しく書きたいな)

そうやってつながっていく場所。


こういうふうにお互いを見る眼差し、それを共有しているコミュニティが、なんというか僕にとっては、集団で覚醒していく道なんじゃないかなと思えるのです。


***


集団って基本的に、思い込みを強化しあっていくとしか思えていなかったけれど、そうじゃない道がある。


それは個人が真実であろうとすること、そしてそれを明かそうとし続けることで、初めて成り立つ。


こういうことを大切にしている人たちが近所にいて、一緒に生きていきたい。

そういう人たちの輪が既にできてきていた。


だから自覚していた以上に、僕は自分の願いに向かって正しい道の上に乗っていたようだ。



#GFL Generating a Field of Love

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