検索
  • 二子渉

パートナーシップで気づくこと

更新日:8月27日

昨日妻と話していて久しぶりにしみじみ思ったんだけど、僕はもともとは、精神的にはかなり病理深めの出身なんですよ。

妻はうんと健康で、完全に神経症水準だけれど、僕は人格障害水準、分裂病水準の大波を生き延びてきた。 今でこそそうじゃないけど、若い頃の友達には相当病んでる人がたくさんいた。そういう人たちじゃないと話が合わなかった。

なんというか、その初期の傷付きの深さのようなものについて、ふたりして「この辺はかなり違いがあるよねえ」としみじみ話しました。

***

それで興味深かったのがね、この深い傷というか、病理の深さというか、そういうのを抱えつつ、自立していい仕事して社会的にはわりと順風満帆に見える人たちのことを考えていた時のこと。

そういう人は、おもにベースの意識の成熟と、知性の高さでもってその順風満帆を獲得してきたと思う。もっと破綻した人生になる可能性もあっただろうに、そうはならずにがんばってきたはず。

そのベースの意識の成熟や知性の高さによって、心理的なひずみをカバーしてきたとも言える。

***

妻に言わせると、そういう人はパートナーシップがうまくいかないということでしか、その課題に気づくチャンスがなくなるかもしれないよねって。

なるほどなあと思いましたよ。

僕自身もそうだったもんね。妻と出会うまでは、けっこう人生順調だと思っていたし、天明に命燃やして今日お迎えが来ても後悔ないなと思っていた。小さい時のトラウマとか、特にないですからって思ってた。そしてそれらは大間違いだった。

妻とこういう風に関係を作ってこなかったら、わからなかったことだらけだ。

今でも妻との間では大変なものが浮き彫りになることがしょっちゅうなんだけれど、ずっと自分が成長していってるのがわかる。それがおもしろいし楽しい。

こうなったのはラッキーだったなあと思うわけです。

しみじみ。


閲覧数:21回0件のコメント

最新記事

すべて表示

「(経済的に)自立していないと自分の意見を言えないじゃないですか」っていうようなセリフをよく聞くわけです。パートナーシップの相談に乗っていると。 あるいは、「結婚して例えば子どもを迎える時に自分が仕事を休むか辞めるかすると、対等じゃなくなるじゃないですか、そしたら自由がなくなりますよね」とか。「だから私は結婚はしたくないんです。」 あるいはパートナーとの関係じゃなくて、親から経済的に援助されている

先日、僕は「願う」「望む」「欲しがる」といった創造の第一歩を、どんだけサボってきたのか、ってことを書いたんですが、これ、うっかりサボってたのかと思いきや違った。 明らかに乳児期のトラウマの影響でした。教科書的な例だ。しまった。 0歳の頃に、自分は求めても与えられない、というのを大きな痛みとともに神経細胞レベルで強烈に学習してしまった人は、「自分は最小限で間に合わせることにおいては自信があります」「