GFLでは、望む未来のヴィジョンを作るっていうのが結構大事なのですが、
未来のビジョンを想像したときに見えてくるパートナーの姿が、
今のパートナーとの人生として想像した時と、
何の制限もなく想像したときに、まったく違う。
今のパートナーが、私の理想の未来に適応しているようには思えない。
ましてや楽しく参加してるとは思えない。
これは早いうちに別のパートナーを探した方がいいサインでしょうか。
みたいに思う人は、少なくありません。
自分自身の幸せを、人のせいにせず自分で引き受ける、と決めていたら、むしろ自然に生まれてくる疑問なんじゃないかと思います。
実際どうなんでしょう。
早いうちに別のパートナーを探した方がいいサインなのか。
もっと別の見方をしたらいいのか。
どう思われますか。
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ある夫婦の例なのですが、 住む場所をめぐって真っ向対立していました。
旦那さんは自然大好き。 もともとテント泊すらせず、冬でも寝袋だけでビバーク!みたいなのが好き。 自然の感じられない街中に住んだら息が詰まって死ぬ。 だから住む場所も自然のたっぷり感じられるところがいい。みたいなタイプ。
奥さんはそれとは真逆で、キャンプとか虫がいるし嫌で、田舎暮らしは絶対にしません、と言い切ってる。 お洒落で美味しいレストランにもいける、都会のマンションか周りの家も素敵な美しい住宅街かがいい。みたいなタイプ。
どちらも自分の望む未来を相手が喜ぶとは思えない。
これを読んでいるあなたは、どちらかに共感するかもしれません。
その時どうする?っていうお話ですね。
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実はパートナーと深く話すようになってくると、こういうことはむしろよく起こる現象になってきます。
ご存知の方もいるかもしれませんが、上の例は我が家です(笑)。
5年くらい前に、一緒に住むにあたってどこに住もうかと相談していて、ぜーんぜん意見が合わなくて困っていました。
生活の場として何を優先したいかが、根本的に違う。
GFLではこういうときのための「共同の創造」のメソッドがあります。
当時はまだ今ほど完成していなかったけれど、とにかくまあ。それを駆使していったわけ。
そうやっていって、今の場所に出会いました。
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ここでは四季の移り変わりが、音でも匂いでも感じられるし、鳥たちだけでなく、リスもキツネもエゾクロテンもヤチネズミもやってくる。 夏になれば庭でセミたちが羽化するし、秋になれば美味しいキノコも生えてくる。
僕が思っていた、「自然が感じられる」とはまさにそういうこと。 最高です。
一方妻は、「田舎暮らし」とは程遠い美しい街並みの住宅街に住めた。 散歩するたびに、この辺りの景色はほんと最高だよね、リゾート行く必要ないもんね、とご満悦。 最もお気に入りのフレンチレストランも、夏なら車で20分くらいだから十分近い!
こういう現実創造をできるようになれます。
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なので結局ですね、相手が誰であれ、自分の望みは叶う。
その第一歩は、自分の望んでいる体験をヴィジョンとして思い描くっていうことなの
。
それを持ち寄って、「どっちを優先しようか」じゃなくて、「絶対どっちも叶っていい」って思いながら進む。
やり方のコツというか細かな方法はあるけれど、できるんですよ。
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他にも真っ向対立するところ山ほどあります。
僕は地球のいろんな命の美しさを守りたいと思ってて、そのためにこそ命使いたい、GFLでいうところの「使命系」なんだけれど、 妻は地球のこととか全然関心なくて、毎日のこの家での暮らしこそが豊かさの源泉という、ザ・暮らし系。
僕は本来あちこち飛び回っていないと死んじゃうくらいの人間だけれど、妻は僕にはできるだけ家にいて欲しい。 とかね。
性質とか好みとかでいうと、徹底的に合わない。
でもそれで正解。大丈夫。
しかもこれね、僕だけで望んで叶えるよりも、うんと豊かになる。
知らなかった豊かさを受け取れるようになる。
今住んでいる家は、二人で探し始めた当時の想定と比べたら、僕にとって150%の満足度。
それに相手も嬉しそうに生きているのと、そうでないのとって、もう全く人生の満足度が違うじゃないですか。
これからも相乗効果で豊かになっていくとしか思えない。
そんなふうになる道がGFLです。
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