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  • 二子渉

囲まれていたい隣人はどんな人?

GFLで実践的に身につけるべくまっさきにとりくむことの一つが、「成熟した大人の意識」と「防衛的な子どもの意識」を区別すること。



知らないと容易に「ちゃんとした大人(っていう防衛的な子ども)」になろうとしてしまうけど、知って磨いていったら、オープンでリラックスしていて公正で愛情深い、「成熟した大人」の部分を自分の中に見つけ、育んでいくことができます。



すごく幸いなことに、人の集合意識は人の成熟ということをけっこう知っている。


完璧にわかってるわけじゃないけれど、「成熟した大人」っていうものを僕らの魂はけっこう知っているし、何人かでそのイメージを持ち寄ったら、より確かなイメージを掴める。


だからもし目指したかったら、助け合いながら目指せる。そこに希望がある。




***




実際、GFLを長く実践している人は、自然と身についてくる。


はじめた頃に比べて、はるかに非防衛的な自分でいられるようになっているし、防衛的な子どもの意識が出てきた時に、気付いて修正できるようになってくる。


こころを開いて、痛みを知っている、でも他者にも自分にも暴力的にはならない在り方。



そんな成熟した大人の意識で関わり合い、つながり合うコミュニティ。


僕らがGFLで目指していることの一つは、そんなコミュニティを育てていくこと。




***




共に生きている人たちが、そんな素敵な人たちばかりだったら幸せだなあって思うわけ。


これも長くやっている人はどんどん手に入れていっているし、なんといっても僕自身がすごく支えられている。



これは他のどこでも得られなかったものなんですよね。



そんな世界に住みたい人は扉を叩いてほしいなあ。





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