愛の一方通行状態
「相手が自分を愛しているのは知っている。でも違うんだ。」
そんなふうに思ったことはありませんか。
相手が自分を愛していることと、実際に「愛されている」と感じられることは違います。
逆もまたしかりで、自分が相手を愛していることと、相手が「愛されている」と感じることは、残念ながら全然イコールではない。
これこそが結婚3.0の世界でいろんな角度から探求していることで、ほんといろんな次元のいろんな要因が絡んでいるんですけれど・・・。
今日は、愛されていると感じられているとき、もう少し細かく見るとどんなことになっているのか、って話をします。
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その前にちょっと寄り道してみます。
「相手が自分を愛しているのは知っている。でも違うんだ。」
「愛しているとは言ってくれるけれど、自分のことを本当にはわかってくれていない。」
みたいな感覚って、多くの人が持っています。
この感覚が長く続くと、結局愛されていないのと同じだ、という結論に落ち着いていったり、自分の中の相手に対する愛情もしぼんでいってしまう。
なんでこんなことが起こっているのか。
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一つ決定的な要因として、「自分の本当の姿を相手に見せていない」ということが挙げられます。
こういう時にこんなふうに嬉しくなる自分、こういう時にこんなわけで傷ついた気持ちになる自分、それを、「等身大の、ありのままの、私はこうなんです」と相手の前に置き続けてはいない。
ここが現わせていないと、ありのままの私を愛される機会はやってこない。
人が、愛されていると感じられるためには、
・自分に対する正確な理解
・それを踏まえての肯定・承認
・それを前提にしたケア
がセットで生じている必要がある、という研究があります。
Harry Reisさんっていうアメリカのパートナーシップの心理学者の話。
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1. 自分に対する正確な理解
相手が自分のコアな部分を正確に把握していると感じられること。
「事実を正しく把握してくれている」という感覚で、中身としては性格や価値観、ニーズなどの重要な点とか、もうちょっとその瞬間瞬間の感情や思考、場合によっては身体感覚なんかの場合もあります。
これがまず大前提として必要。
2. それを踏まえての肯定・承認
自分のことを正しく知ってくれた上で、あなたはそうなんだね、と肯定・承認してくれていると感じられることですね。
自分の中の、たとえば相手にとって都合のいい側面だけを切り取って、あなたは素晴らしい、大好き、と言われても、それは自分そのものを愛してもらっている感覚にはならない。
なんなら支配されている気持ちになることすらあり得ます。
そしてもちろん、真の姿を知った上で否定されるなら、愛されているとは到底感じられない。
関係性の中で、本当の気持ちを大切に現し、大切に受け取ること、その両方がとても重要な意味を持ちます。
3. それを前提にしたケア
自分はこういうことが本当にうれしいのだ、こういう時にとても悲しくなるのだ、みたいなことを知っていてくれて、そこに適切な思いやりを持ってくれていると感じられること。
たとえばもし、知っているはずなのに、それを大切にしてくれない、ということがあったら、それは愛されている感覚とは真逆に働きます。
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そんなわけで「愛されている」と感じられている時、
・自分に対する正確な理解
・それを踏まえての肯定・承認
・それを前提にしたケア
がそろっているのだ、っていう話なのです。
納得感あると思いませんか。
この基準で見ていくと、ストレスホルモンの低下とか睡眠の質の改善とか、さらには死亡率の低さまで繋がっていくっていう研究があります。
愛それ自体が命を救う。
いや、ちょっと違うな、「愛される感」が命を救う。
納得感あるし美しい結論じゃないでしょうか。
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それでですね、こういう関係を築いていくためにどうしたらいいか。
この「愛されている感」は、実は相手が与えてくれるものだと思っている限り、うまくいかない。
結果的に相手とのつながりを感じられることになりますが、「愛されている感」を育む鍵はほぼ全面的に自分の側にある。
まずさっきの1つ目、「自分に対する正確な理解」っていうのが、何もしなくても相手がわかってくれるわけないのです。気の合う友人じゃなくて、全然違うパートナーであればなおさら。
まず自分が自分のことを、いつも徹底的に大事に知ろうとしてあげられるか。
これだけでも簡単じゃないんですよね。
そう思いませんか。
調子のいい時ならできるけれど、ぐちゃぐちゃな気持ちの時に自分のことを正しく理解してあげるって、まあ至難の業です。
相手の価値観や振る舞いが自分にとってとても嫌な時なんかも、それに対する自分の気持ちを、過不足なく全部理解するって、すごく難しいです。
トラウマ反応もたっぷり出るし、自分を守るために自分の中の気持ちの一つや二つ、平気でないことにしちゃったりもする。
僕はこの作業を一人でやるのは難しすぎるし大変すぎるので、心得のある仲間とともにやることをお勧めしています。
自分のことをぴったりわかってくれる感じの人だと、同じ傷を抱えているだけのこともあるから、多様性がある、心得のある人たち。
そうして自分のことを知れば知るほど、実際に現実的に「愛されている感」を持てるようになっていくわけなのです。
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ちなみにGFLの半年講座ではこれを仲間と一緒にやっていけるトレーニングをがっつりしていきます。
興味ある方はいま、12期の募集中なので説明会を兼ねた特別セミナーだけでも是非いらしてくださいね。




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