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  • 二子渉

自分には幼少期のトラウマなんてない

更新日:8月27日

「自分には幼少期のトラウマなんてない」って言っている人がいたら、その人にはアーリートラウマだけが色濃くある。


僕自身、記憶を辿っても、トラウマ的なストーリーはほとんど何もなかったので、幼少期のトラウマなんて僕はほとんどないんだろうなって思っていました。


実際、小さい時の記憶を辿って、あの時お母さんにああ言われて傷ついたみたいなのを扱う一般的なインナーチャイルドワークが機能したことはなかった。



でも100%の理想的な世界で育ったのでない限り、僕らの脳は出来上がってくるときに偏って発達するし、それをアーリートラウマと言ってるのです。それがないのは、たぶん悟っている人だけ。


そんなわけで、特にトラウマ的な記憶のストーリーがない人にとっては、とっても発見しにくい。そういう人は「自分が不本意な現実にはまっていて、そこから抜け出すこともできる」ということを知る機会がなかなか持てないところが悲劇なんですよね。いや、まあ、以前の僕のことなんですけど。



それを確実に見つけてより良い現実を創造できるようにするのには、パートナーシップに取り組む以上に最適な方法はないなあと思う。


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先日、僕は「願う」「望む」「欲しがる」といった創造の第一歩を、どんだけサボってきたのか、ってことを書いたんですが、これ、うっかりサボってたのかと思いきや違った。 明らかに乳児期のトラウマの影響でした。教科書的な例だ。しまった。 0歳の頃に、自分は求めても与えられない、というのを大きな痛みとともに神経細胞レベルで強烈に学習してしまった人は、「自分は最小限で間に合わせることにおいては自信があります」「