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  • 二子渉

親子の行動で心折れた時に何が可能なのか

更新日:8月27日

この前ちょっとすごくて嬉しいことがあったのでシェアさせてください。

ちょっと自慢げに聞こえたらすんません。ちょっと自慢したい(笑)



さてGFLの中でもとても重要な要素であるアーリートラウマ。子育てするにあたっても知っておいたらものすごく役立ちます。


で、今日はあーちゃんではなく、中2の息子くんの話。


もともと彼は僕と桂子ちゃんが結婚して3人で暮らし始めた頃、「自分を大きく見せる防衛」のパターンをすごく強く持ってました。


相手より自分がパワーを持っていないと危険だ、コントロールされるよりする側にいなくては危険だ、どうせ誰も当てにならないし、いつ裏切るかわからないのだから。 みたいに学習してしまったパターンね。


このパターンが強いと、自分の間違いや弱さを認められないし、基本絶対に謝らない。それは死の恐怖につながる。


息子ももれなくそういう人に育っていたの、当時。


皆で遊んでてぶっとい木の枝投げて、桂子さんにぶつけてしまったことがあったんだけど、そのことに向き合えずにその場を逃げるように去ったりしてました。


それとか、防衛的な時の桂子さんに対しては、すごく攻撃的だったりもした。


その彼が安全を手に入れて落ち着いてきた話を以前書いたんだけど、最近の彼はさらにすごい。



*****



先日僕が大事に食べてたお菓子が急に全部無くなる事件がありました。


僕のアーリートラウマの性質もあって、好きな食べ物は大事にちょっとずつ食べるわけ。我が家にいただいたお菓子で僕がとても気に入ったものがあって、それをちょっとずつ食べていた。最後に見た時にはまだいくつか残っていて、次がんばった日のご褒美で、次の一つを食べようって思っていた。


その箱がある日なくなっていて、桂子さんに聞いたら空き箱だったから捨てたよと。


桂子さんはおやつを控えていた時だったので、長男が残りをすべて食べちゃったということ。


これが僕には自分でも驚くほど、大ダメージでした。びっくりした〜。

大切に育ててきた樹が、予告なく都市開発で伐採されて跡形もなくなったような。


それでその晩は息子に対して怒りが湧いてくるし、なんかけっこう言いがかりみたいな言葉も脳内に出てくる状態になりました。ひとまずそれを観察してたんだけど。


*******


翌日も大いに引きずっていたので、夕食の席でその話をしました。


「あのさ、僕が心折れている話をしてもいいかな。」


僕:「誰々さんからもらった、◯◯ってお菓子があったじゃない? あれ、僕は大事に少しずつ食べてきて、まだいくつか残っていたと思うんだよね。でも一つもなくなっていたことで、かなり心折れているんだよ。」

息子:「え、あれ食べちゃダメなやつだった?」

桂子:「いや、我が家にもらったものだからとくには。でもそしたら最初に個数分けて置いたりしたらよかったかもね。」

僕:「ちょっとまって。今僕は、僕が心折れた話を聞いてほしくてしているんだ。僕は少しずつ食べてきて、つぎがんばった日にご褒美に食べたりしようと思って、まだいくつかあることも確認して大丈夫だと思ってたの。 それが急になくなってしまって、昨日はそのことが痛くてなかなか寝付けなかったんだ。」

桂子:「え、そんなに???」

息子:「だって甘いおやつなかったんだもん」

桂子:「そしたらやっぱり、次からあらかじめどれが誰の分か先に分けておいたほうがいいよね。それでいい?」

僕:「うーん、いまちょっとまだ、解決策の話じゃなく、まずは僕が心折れた話を受け取られる必要がある。そんなわけで僕はとても心折れたの。」

桂子:「これが、それほどとは。それは息子くんにいってるのね。」

僕:「そう。そういうわけだったんだよ(息子に)」

息子:「・・・ごめんね〜。(わりと明るく、でも不真面目ではなく目を合わせて)」

桂子:「次からはあらかじめどれが誰の分か・・・」

僕:「あ、いや、ちょっとまって。今息子くんに聞いてもらえた感じがして、僕の気持ちはだいぶおさまったんだ。そのことをまずいうね。 で、確かにどれが誰の分とかいう話があったわけではないから、息子くんが悪かったとかいう話ではないと思ってる。

次からは、そうだね、僕がこれ食べたいなと思うような時は、桂子さんがいうように先に話し合っておいた方がいいね。」

桂子:「人がどんなことで心折れるかってわからないもんだね。これがまさかこれほどとは。」


みたいな会話をしたのでした。



***



息子は2年くらい前はかなり荒んだ状態で、絶対に謝らないし、間違いや弱さに向き合えなかった。それが実に軽やかに事実を見てごめんねと言える人に成長していた。

それを目の当たりにして感動した出来事でした。伝わるかなあ。

おおお、すげ〜!!って思ったの。


僕と桂子さんはかねがね、愛と真実に基づく家庭を築きたい、というヴィジョンを共有し、確認しあい、それに向けて行動しているわけなのです。


愛と真実に基づく家庭ができるには、まずは夫婦(お父さんとお母さん)が愛と真実に基づく関係を築いている必要がある。二人に意見の違いとかはあっていいし、ある方が健全だと思うけれど、そこで真実気持ち、痛みや願いを明かしあって関係を築いていく。

その土台の上で、子どもたちにも真実から関わるっていうことだと思っているんですよね。

息子の行動がきっかけで僕が心折れる気持ちを味わったという状況について、僕も防衛的になりそうだし、はたして「自分を大きく見せる防衛」が強かった息子と対話できるかけっこうチャレンジだったのですが、みんななかなかよくやった。


それぞれの持つ成熟を持ち寄って、真実を持ち寄って、とてもいい時間になったし、その後の関係性をより良いものにできたと思います。


あーちゃんが生まれたことで息子とも間接的に血縁になれたし、真実がある家族にそだっていきたいなあ。



(写真は関係ないけど最近のあーちゃん)



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