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  • 二子渉

「すべてがある」先住民的生活と、「祖国」の関係

「祖国」とはなんなのか、というシリーズ。 アナスタシアシリーズの本に描かれてはいるけれど、僕も全くその全貌を理解しているわけではなくて、理解を深めながら創り出そうとしているのでした。 今日は「祖国」と先住民文化のこと。 僕は「祖国」とは、現代文明に生きてる僕らが、改めて先住民的な「地球の仕組みと調和した生き方」を手にすることのできる具体的な形だと思ってるのね。 その辺りを一度整理しておきたいと思いました。

(ここ、ずいぶん前に行った蓼科なんだけれど凄く綺麗な場所。)


***



ある土地の生態系で養えるある動物の個体数というのは限界があります。    


例えばある森にオオカミが300頭いたとします。その数はおおざっぱに言えばエサとなる動物(鹿とか)の個体数で決まってくる。

その、鹿の個体数は植物生態系によって決まってくる。

その植物はその土地の気候風土にも左右されるけれど、最大でも降り注ぐ太陽のエネルギーを超えて育まれることはないわけです。

その土地に降り注ぐ太陽エネルギーが、その土地の生き物を育んでいる。


***  



そこでたとえばある年、異常気象かなにかで植物がうまく育たなくて、鹿の個体数が減ったとすると、  


当然、オオカミも200頭とかに減ります。そんなふうにして、自然界ではその生態系で支えられる個体数というのは、まさに「自然に」決まってきます。(通常の異常気象の変動幅なら、増えたり減ったりしながらも全体としての調和は保たれる。)  


さてこの個体数の法則は人間にも当然当てはまります。ある土地の生態系で養える人口というのには限界があります。ネイティブアメリカンとかインドのラダック地方とか、狩猟採取だろうと農耕だろうと持続可能な社会システムを作ってきたところは、必ずその人口の範囲内で生きています。 そして、その上限ギリギリじゃないところで生きれば、そうそう食糧難で死んだりもしない。

そういう社会に住む人たちは、自分の周りに「生きるのに必要なすべてがある」という感覚を持っています

一方現代文明社会は増えちゃった人口を養うために、土地を広げ畑を広げてきて、そして化石燃料(つまり過去何百万年だか何千万年だかの時間をかけて作った太陽エネルギー貯金)を使って食料を遠くまで運んで、上限を超えた人数を生かしています。

身の回りには「生きるのに必要なすべて」はないです。都市に住んでたりすると全くない。


***


「祖国」は1haの土地の中に、地球の仕組みと調和して生きられるような楽園を創造する、ということ。 食料も水も建材もなんでもすべてがそこにある、という先住民的な生活の現代版。 自然エネルギーで電気も使えるといいな。まだ電気無しの生活したいわけではないワタクシ。


僕が知ってる先住民的な感覚からみると、一家が1haで生きるって、スーパー高効率な感じ。もっと広い面積が必要だとばかり思っていました。

でもアナスタシアがいうように、しっかりと植物と交信していたら多分それが可能ってことなんじゃないかなと、希望を持っているのでありました。



これやっぱりやるしかないでしょ。うん。

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