「恋は盲目」じゃねーよ! 盲目な日常に戻るだけ!
- 二子渉
- 1 日前
- 読了時間: 3分
二人揃って成長しながら愛を深める関係性、結婚3.0という可能性を追求してきて、今やこれが人類を蝕んでいる集合的な誤解といいたくなるものがあります。
それは「恋は盲目」っていう捉え方。
恋に落ちる前後で何が起こるのか、恋が覚めた時に何が起こるのか、つぶさに眺めていったならば、「恋は盲目」という捉え方は危険な間違いであることがわかります。
***
人間は他の哺乳類と比べて、圧倒的に未完成な状態で生まれます。
その後、自分で立って歩けるようになるだけでも長い時間を必要とする。
人として、生殖以外の基本機能が揃うのには5、6年かかる。
その未完成で発展途上の時には、誤った学習が大量に発生します。
とりわけ親の未成熟さと出会った時に、対処しきれず、他者についての誤った信念を大量に抱え込むわけです。
そうして大人になった我々人類は、その誤った信念だらけの世界に生きます。
人によってそれは様々だけれど、
「自分の方が優れていなければ生きていけない」
「ちゃんとしていなければ愛されない」
「人に負担をかけたら何倍にもなって大変なことが返ってくる」
「自分らしい表現をするのは危険極まりない」
などなど、誤った世界観を信じ込んでいて、真実の世界が見えない。
自分や他者の本質ももちろん見えない。
善良で愛ある存在である、その本質が。
つまり僕らは通常運転の時に「盲目」なのです。
***
さて恋に落ちると、その時にハートが強制的に開く体験をします。
するとどうでしょう。
自分はこの自分で良かったと、心から受け入れることができ、自分の中にある善良で愛溢れる本体がその姿を表し、相手の中にあるその本体を見ることができるのです。
こっちのほうが真実の姿。
かけてることすらすっかり忘れている色眼鏡を外して、世界の、人の、真実の姿を見ることができている。
ただしこれは一時的なボーナスタイム。
やがて僕らは、通常運転の「盲目状態」へと帰っていきます。
元の通り、人に対する様々な誤った世界観を握りしめ、真実が見えない自分に戻るです。
恋している時が盲目なんじゃない。
恋していた時に相手の中に見えた、善良で愛溢れ輝いている存在は、盲目ゆえに見た幻ではない。
恋していた時に自分の中に見出した、善良で愛溢れ輝いている存在は、盲目ゆえに見た幻ではない。
普段盲目な僕らには見ることのできない、真実が見えていた。
あのときあなたが見た彼の、彼女の、すばらしいたましいは、本物です。
今見ている姿が盲目ゆえに見ている幻。
そう思いませんか。
僕は今でも、あの時妻の中に見た美しい魂を変わらず愛している。
***
結婚3.0、そしてGFLは、この盲目を少しずつ回復していき、より真実の世界に生きられるよう助け合っていくための道なのです。
何十年か後に人類が、「昔の人は、恋は盲目、とかいっちゃってたんだよ。やばくない?」と言っているような社会がおとずれるように。
かつて、地球は平らだと誰もが信じていて、経済成長が幸福への絶対的な道だと誰もが信じていて、いまでは「そんなわけねーだろ」と誰もが思っているように、「恋は盲目」もすっかり過去の概念になったらいいと僕は思います。
そのためにはこの道を進んで、証明する人がたくさん増えてくれるといいんだけれどなあ。




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