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  • 二子渉

「お父さんとお母さんが愛し合って」の中身

更新日:8月27日

お父さんとお母さんが愛し合って君がやってきたんだよ。


っていうセリフがあるじゃないですか。


僕はこの意味を、これまであんまりわかっていなかったなって思います。

けっこうぼんやりと認識していた。


好き同士になったことで君がやってきたんだよ、だったり、体を重ねて愛し合ったことで君がやってきたんだよ、だったり、その時々でぼんやりとその意味を認識していました。


でもこの前、パキッとそれが変わった時があった。



***



僕らの間に子どもがやってくるために、僕ら二人が、そして僕らの一人一人が辿ってきた道は、まあほんとに長い長い物語だし、二人でほんとうのことを話しながら、それぞれが自分の内面にずーーっと取り組んできていまにたどり着いてる。


一緒になるまでからしてこころ折れそうになることが山ほどあったし、子どもを迎えられる精神状態になるまでもまた、山ほど課題があった。

僕について言えば、子どもがほしいという願いを明確に持ってから、それが叶わないかもしれないという痛みとともに7年くらいは過ごした。妻も、僕と一緒になるまでにたくさんたくさん、困難を超える必要があったし、彼女の長男の出産・子育てがトラウマ的なほどになっていたことにも取り組む必要もあった。


それをこれまでのところ全部なんとかしてたどり着いた。

いまそれを手に取って眺めると、二人してよくやったな、って思うわけ。


その長い長い取り組みの歴史が、愛の実践だった。



これが僕らの、「お父さんとお母さんが愛し合って」の中身だった。そんな意味だとはこれまで知らなかった。



***



子どもにいつの日か、「お父さんとお母さんが愛し合って、君がやってきたんだよ」って言う機会が来たら。


その時に、「お父さんとお母さんが、たましいかけて愛し合って、君のことをこころから望んで、君がやってきてくれたんだ」って、一点の曇りもなく告げることができるだろう。


それは本当によかったって思う。





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