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  • 二子渉

僕がホームを感じられた日

更新日:4月27日

最近うちのパートナーシップがおもしろすぎて、書きたいことがたくさんあるんだけれど間に合わない〜。 今日も面白すぎて、ちょっとちょっと聞いて〜〜!って思って勢いで書いてます。

妻の桂子さん、突然別人へと変容する時があるんだけれど、今日もなんかきっと大きな転換点になりました。

今日の夕方くらいから僕は胃が痛くなってきたんですよ。 実は先週も風邪ひいたときに胃痛になって、よくなったと思ったら今日また胃痛になって、僕としてはかなり凹んでたわけ。

で、僕だけ夕食はおかゆと梅干しとかにして、食後ソファで休んでたのね。

そこへ桂子さんがやってきた。

***

以前の桂子さんは、こういうときに僕と一緒にいるということが全然できなかったの。 なんなら心配して、ああした方がいいとか、こうしちゃダメなんじゃないかとか言ってきて、僕は休まらなくなってた。

というか、こういうときに限らず、なんていうんだろ、僕が僕のままであるその状態というか、その振動数というかにチューニング合わせて一緒にいるっていうのがとことんできなかった。

そうだったんだけれど、今日はなんか、あたりまえのように一緒にいて、ほとんど黙っておなかに手を当ててくれた。

この時はまだ僕は胃も痛かったし、けっこう弱ってたんだけれど。

あまりに自然にそうしてくれていたので、僕の神経系も休まって、とってもリラックスできて、そのうち胃がきゅるきゅるいって活動し始めました。

その辺りで僕は「むむ、これはなにか、これまで僕らの間で起こっていなかったことが起こってるぞ」と思って少しずつ彼女と話してみることにしました。

***

話し始めても相変わらず彼女は、僕の持っているゆっくりで静かな空気感の中にいて、その状態で会話をすることができたの。

これまでも親しい友人とはこういう時間を共にすることができるんだけれど、パートナーとはついぞ難しかった。

それが今ここで叶ってる。

ここからが興味深いんだけれど、こうして一緒にいる暖かでリラックスした感覚に浸っていると、家の中の見え方が変わってきたんですよね。

うまく言えてるかわからないけれど、ソファから見える階段の手摺りとかを眺めながら、「ああ、ここが僕の家なんだな」ってしみじみ感じてる自分に気づきました。

元々は僕にとって快適な家って、快適な機能が揃ってる場所。 しっかり眠れて、無駄なく仕事が捗る、みたいな。

でも今日は、あたたかくて帰れる場所みたいな意味での家、ホームの感覚だった。これは僕にとってとても新鮮。

そこでやさしくてあたたかい時間を過ごせたのでした。

そうこうしてるうちに僕の胃痛もほぼほぼ回復してしまった。

どこの夫婦もかなり違いがあるとはいえ、かなり極端に生活の感覚が違う僕ら夫婦が、ついにたどり着いたというか、創り出したというか、そういう時間と空間。

いやあ、感慨深い。

放っておいたら絶対に勝手にはこうはならなかったであろうものを、こうして創り出すことができる喜びよ。


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