世界への想いを表現する
- 二子渉
- 2 日前
- 読了時間: 2分
以前、修了生向けに、太陽光発電やメガソーラーの話をしました。
それが、僕にとってはかなり満たされる時間で。
企画してくれた修了生やご参加の皆さん、ありがとうございました。
僕はもともと、太陽光発電関係の研究で博士号をとっていて、それよりも10年前くらいに、地球規模の破壊を止めるには、太陽光発電は必須だな、と思ったんですよね。
この分野、今でも実に熱いです。
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今回は、コテコテ理系の話だけでなく、エネルギー源をめぐるビジネスと政治の話や、インディアンに伝わる人類の終末の予言とか、たっぷり寄り道しながら共有したい世界を語ったのですが、その寄り道部分などもあるので、なかなか全貌を表現する機会ってなくって。
でもこれが僕の表現なんだなあ。
そういう表現ができて、それが健全に磨きあわれるような世界に生きていたいなあ、と改めて思ったのでした。
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この準備をしながら僕の中でひとつ、新たに言語化できたことがあって、それはここでシェアしたいと思います。
よく、「未来の子孫たちに負の遺産を残さないために。」みたいな表現があるじゃないですか。
僕はこの青い地球の美しさを彼らに残し、分かち合いたいと願ってきたなかで、未来の人たちとイメージの中で対話する機会がたくさんありました。
それを経て今回、新たに言葉になったのは。
「未来の子孫たちから向けられている愛に、少しでも報いるために。」
そう。そのためにやる。
未来の人たちは一度も僕を非難しなかった。
そう思ってみたら僕自身も、実際には一度も先祖たちを非難していない。
「お前らのせいでこんなに地球が壊れたじゃないか」ってどういうわけか責める気持ちにはなってないんですよね。
つまりは、僕らは常に、未来の子孫から赦されている。(僕の感覚だけど)
こんなにダメダメで、へなちょこだったとしても。
そう思ったら、その愛に少しでも報いたい、っていう気持ちになったのです。
そんなことも思ったイベントでした。




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