不思議な記憶?が連れていってくれた場所
- 二子渉
- 11 分前
- 読了時間: 2分
3、4歳の頃の記憶。
記憶というか、僕が「現実にそんなことってあるかなあ」と疑いを持ってきた「記憶のようなイメージ」があります。
当時住んでいた板橋区の団地付近には、今から思えば水路跡の道(暗渠になってる)が結構ありました。
そしてほんとかどうかわからないのは、住んでいた団地の少し西側のエリアにまだ生きている水路があって、錦鯉が泳いでいた、というイメージ。
それをAIと順番に答え合わせしていったら、どうやらその時期そのエリアには、千川用水から流れ込む綺麗な水が通る水路群があって、民家の中とか目の前とかを通っていたと。
そうそう、そういう雰囲気だった。
そしてさらに、その一部を囲って自分ちの池みたいにして錦鯉を飼っていた人たちもいたというではありませんか。
あの記憶は本物だったんだ!と大興奮。
まあ実際はわからないけれど、本物の記憶だったとしてもバチが当たらない程度にはかなり可能性があるようでした。
***
そしてね、その先があるんだけれど。
その記憶がつながったところで、奥にあったもう一つの記憶が蘇ってきました。
それは、ある日、その錦鯉たちがお腹を上にして全滅している光景を見たというもの。
これは子どもながらにショックで封印されてきた記憶です。
が、むしろこの、全滅した鯉たちの方が鮮明な映像として残っていました。
おそらくこのエリアに鯉がいて、綺麗な水が流れていた最後の最後の時期に僕は立ち会っていた。
そして暗渠化の工事が進んだ時に、鯉たちも死んでいった、まさにその現場だった。
雨が降っていて、紫陽花にカタツムリがいて、お腹を上にした錦鯉たちが見えている。
そんな記憶。
こんなふうにこの順番に出てくるなら、まあ間違い無く本物でしょう。
***
水路で飼われていた錦鯉は、自然界のものとは別の命ですけれど、「この青い惑星の美しさをのちの世代のために遺したい」っていう、今となってはそう言語化されている僕の感性にとって、とてもショックで痛い体験だったのだと思います。
子どもの頃の僕はこの後もずっと、こうした出来事にショックを受けながら、その想いをしっかり聞いて受け止めてくれる大人がいなかった。
今、自分でもびっくりするくらい、あの景色が悲しい。
いいおとなになった僕が、当時の痛みの記憶をひとつずつ、出てくるタイミングで聞き届け、それがどれほどの痛みだったのかを受け止めていってあげようと思います。
それが僕の中の愛の源泉を取り戻すことになっていく。



コメント