傷つきから自分を守る子は、こうやって現実を創る
- 二子渉
- 2 日前
- 読了時間: 4分
僕の中にかなり深く根を下ろしている、子ども時代の守り人「チャイルディアン」の代表選手の一人について。
この子は、今の状態の全体像を遠くまで見て、それが行き着く未来を遠くまで想像し、その場に必要な最善の機能をどれほど無理があっても引き受ける作戦、を取ります。
この子の作戦は、
・愛されるために合わせている
・見捨てられないために合わせている
・自分が得をしたいために身勝手に振る舞う
という作戦じゃないんですよね。
そういう視点で見ると、見誤ることになっちゃう。
愛する存在と共に生きていきたい。
その未来が失われることが恐ろしい。
そして残念ながら、この子から見た周りの大人たちは、「平気で未来を台無しにする行動をとっている」。
それがどれほど破壊的か、一緒に理解している大人はいない。
だからその人(たち)と共に生きる未来のためには、すべきことをひとりでやらなくてはいけなかった。
そこにある真に深い愛が、誰からも理解されなくても。
あるいは、見えていない人から、感情的にバカにされ、反対されても。
なんなら相手の一時の感情で、大声でお前には愛がないと非難される。これが一番痛い。
それでもこの子には、何が必要か見えてしまうから、引き受けない選択肢はなかった。
そういう、「全て一人で引き受ける作戦」。
***
とはいえこれは、子どもの部分なので、多大な犠牲を払いながらしかできない。
こころを閉じ、言っても聞かれない弱音は一切なくし、未来を守ろうとしてきた。
そしてこれがとても残念なことだけれど、大人たちの協力が得られなかったため、「予想通りの最悪を避けられなかった」という体験を繰り返してきた。
こうなることはわかっていたのに、防げなかった。
このままいったら、こうなるに決まっているのに、この子以外にはそれを止めることに参加しなかったために、人々はいがみ合い、世界は荒廃する。
「だからあれほど言ったのに。」
そういう種類の絶望と無力感。
***
この子の作戦のもう一つの側面としてこんなことがある。
まずなんと言ってもこの子は、全体が今だけじゃなく未来にわたってうまくいくことを考えていて、そのように共に人生を、未来を築きたいと願っている。
こうして考えていること自体が、この子にとっては最大の愛の実践。
その愛が全て、ないことにされてしまうのが痛い。
痛すぎる。
相手の言うことがどれほど間違っていても、そのまま聞かない限り、自分の愛がないことにされてしまいそう。
共に生きるというにはあまりに自分に負担が集中する選択肢でも、受け入れない限り、自分の愛がないことにされてしまいそう。
未来を失う短絡的な選択でも、今の相手の気持ちが落ち着くようにしなければ、自分の愛がないことにされてしまいそう。
この子が求めているのは、
・報われること
・認められること
・返してもらうこと
じゃなくて、
もっと存在の根源に関わること。
ここに命を捧げたのだ、その命は確かにここにあったのだ、と目撃されること。
この側面を含めると、「すべてを一人で引き受ける作戦」だったり、「全部の愛がなかったことにはならない、なんとか耐えられるマシな状況を作る作戦」になったりする。
全部の愛がなかったことにはならない、なんとか耐えられるマシな状況を作る作戦。
なので、「自分の愛が十分に受け取られ、思い描いた未来が作られる」なんてベストは諦め、「死ぬほど理不尽だけれども全てが失われはてはいない」という現実創造になる。
***
ここ最近、このチャイルディアンのテーマががっつり浮上していまして。
まだまだ道なかばですが、この子に着目してワークすることで、どんなふうに現実が変わっていくのかは、我ながら大変見ものなのです。
「君の愛は本物で、
誰が忘れようと、
否定しようと、
見ていなかろうと、
確かにここにあった。
そのことについては僕が、
神様の前だろうと、
閻魔大王の前だろうと、
宇宙の法則の前だろうと、
1000%間違いなく証人になるよ。」
と、僕が成熟した大人の意識から、しっかり伝わるまで伝えるところから。
こういう話面白いと思いません?
来期からのGFL半年講座では、こういう取り組みのやり方について、新しくお伝えするコンテンツを用意していて、それもめちゃ燃えるのだ。




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