フキハラが辛い人へ
- 二子渉
- 6 時間前
- 読了時間: 4分
近年、フキハラっていう用語を見かけます。不機嫌ハラスメントの略です。
パートナーシップの相談でもよくありますし、職場の同僚とか、なんらか継続的に関わる人との関係で使われることが多いですよね。
直接何かしてくるわけではないけれど、不機嫌でいることで相手にダメージを与えるハラスメント、くらいの意味合いで使われているんじゃないかと思います。
僕は「ハラスメント」と呼ぶことが建設的な場合と、破壊的な場合について、けっこう厳格な基準を持っていて、その観点からも興味深いトピック。ですがその切り口は別の機会に。
今日はそんなフキハラ対策の話です。
ちなみに僕はもともと、身近な関係の人が不機嫌なまま同じ空間にいたら、いたたまれなくなって拷問のように感じるタイプでした。
パートナーがそんなだったら、この部屋じゃなくて壁の向こうにいてさえ、僕も半分パニックになってなんとかしなきゃいけないスイッチが入るような。
でも今はその「対策」をしてきた結果、ほぼなんともないです。
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さて本題ですが、フキハラにやられるのはこっちのトラウマ反応が出ている状態だといえます。
記憶にないくらい発達の初期、言葉を使えるようになる前のトラウマ反応が顕著です。
赤ちゃんにとっては、自分を守ってくれるはずの大人が安定していないというのは、直接大変な脅威を感じる状態です。
その年代でできることといえば、オギャアと泣いて大人に正気を取り戻させる作戦をとるか、それで正気を取り戻せないほどパニクってる大人だったら、泣き止むなりして負担を軽くしてあげる作戦か、あとはもうこっちが意識を失ってイマココじゃないところに逃げ込む作戦か、そのくらいです。
これをやってダメなら、こうするしかないじゃないか、というのをどんどん極限までやっていくことになる。
その過程で「キケン!キケン!」というサイレンが体の中にけたたましく鳴り響きます。
実際には体の感覚の、ものすごい不快さとして体験します。
このシステムが今も残っている人は、自分に影響する他者が不機嫌だと、拷問のような不快感に襲われるというわけなのです。
まずここが重要ポイント。
不機嫌な人がいると、サイレンが鳴り響くシステムがある。
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とはいえですよ。
視点を引いて宇宙から見てみたら、特段差し迫った危険な状態はありません。
近くに、勝手に不機嫌になってる人がいるだけです。
殴りかかってくる様子もないし、まあ実務能力が下がっててやりにくいというくらいはあるかもしれませんけど、けたたましくサイレンがなる必要はない。
なんならその人には、他者に危害を加えないよう気をつけながら、不機嫌でいる権利くらいあってもいい。だってその人も処理能力超えてるんだから、それで罰するのはあんまりです。
例えていうなら、足を怪我してる人が走れなかったからといって罰されるようなことは、ないほうがいい。
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それともうひとつ。
近くの人が不機嫌なときに、ほとんど気にならない人もけっこういます。
その人たちはさっき言った、「不機嫌な人がいると、サイレンが鳴り響くシステム」がない。あってもうんと控えめ。
それが人間の神経系としては、健康な状態です。
そしてその方向目指して回復していくことは誰でも可能です。
「あららまた不機嫌なんですね〜。大変ですね〜。」と、いい意味で切り離せて、ダメージを受けにくいくらいまでには回復することができる。
人によっては、不機嫌な人に優しく手を差し伸べられるくらいになっちゃう人もいる。
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最後に、
自分でできる回復方法をひとつ紹介するなら。
フキハラ受けてる感覚の時に、身体レベルでビリビリするとかザワザワするとかぎゅーっとなるとかいう現象が起こっているはずです。
それをその場で、もしくは落ち着ける場所で状況を思い出して感覚を再現した状態で、ただ観察してあげること。
嫌がらずに(あるいは嫌がっている自分にスペースを与えつつ乗っ取られない状態で)、かといって、宥めようとか落ち着かせようともせず、ただ観察する。
そうすることで、脳が「あ、これ別に大丈夫なやつなんだ」と再教育されていきます。
繰り返していたら、場合によっては数回、長くても数ヶ月のうちに、ものすごく楽になるはずです。




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