自分を肯定される感覚、の個人差
自分が痛みを抱えている時、「切実なニーズ」を持っている時に、相手が真摯に耳を傾け、それを大事に扱っていると感じられるか。
これはパートナーシップを良好に保つ上で、非常に重大なテーマです。
アタッチメントという分野のテーマ。
日本語ではアタッチメントって「愛着」とか訳されるんですけれど、愛着ってなんか、「長年使ってきたこのカップに愛着があります。」みたいな日本語の方が通常の用法だから個人的にはしっくり来ないんですよね。
なのでここではアタッチメント、と呼びます。
さて話を戻して、
「あなたの切実なニーズを、切実なものとして受け取ったよ。それがないのは痛いよね。私も胸が痛むよ。それを、叶っても叶わなくてもいいどうでもいいものとしては扱わないよ。実際にどうしたらいいかは、いろんな状況もあるけれど、大切なこととして一緒に考えよう」
こう言ってもらえていると感じられる関係。
とりわけパートナーとの間でそれが必要。
これは人類普遍の層だと僕は捉えています。
人としてなんというか、自然で真っ当で当たり前。
こうじゃなくてどうやっていい関係を築けるというのか。
そう思いません?
でも実際には良好なアタッチメントを継続的な関係で築くのは簡単じゃありません。
なぜか。
その最も大きな理由の一つが、何が切実なニーズなのかが、人によって根本的に決定的に違うから。
自分と相手が「根本的に」違うということを受け入れない限り、相手のニーズの切実さを、僕らは容易に受け取り損ねます。
わかってくるほど、「これがそんなにも大事だったのか」「自分にはない感覚すぎてわからなかったよ」っていう経験をする人は多いです。
他の理由もあるけれど、ひとまず今日はその違いの話。
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まず男性と女性で根本的に違う性質があります。
ま、ちょっと限られたスペースなので、以下ざっくりね。
男性性というOSの場合。
自分が生み出している行動と成果が、自分自身であるという認識。
行動と成果が相手から見てもらえないと感じる時、自分の存在意義を否定される痛みを感じる。→アタッチメントの危機
女性性というOSの場合。
このように感じている自分、そういう存在としての自分、それが自分自身であるという認識。
自分の気持ちを受け取ってもらえないと感じる時、自分を見てもらえていないという痛みを感じる。→アタッチメントの危機
(これで全部ではないけれど、このような要素が必ずあります)
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次に四魂の違い。
(出口光さんが提唱している個性認識学に出てくる、魂レベルでの違い)
これも誌面の都合でざっくりで、かつ、出口さんの言葉じゃなくて僕の理解です。
勇 体験と達成の魂。それを尊重されている、応援されていると感じられることが、決定的に重要。やりたいことや目標そのものが承認されること、そのためにやれることを実際にやるのを承認・応援されることで、自分の人生が肯定されている感覚になります。
逆にやりたいことに、決定的な理由がないままただ反対されたなら、自分の根本と未来の可能性の全てを否定されている感覚になります。→アタッチメントの危機
親 調和とお役目の魂。関係性の中に、自分の役割と居場所がある、と感じられることが、決定的に重要。全体のことを思っているという気持ちや、そのために常にずっと役割を果たしているということが承認されることで、人生が肯定されている感覚になります。
逆に、果たしている役割を誰ひとり見てくれない時や、ここに所属していて良いと思えなくなる時に、これまでの自分を全否定されている感覚になります。→アタッチメントの危機
愛 関わり合いと結合の魂。目の前の相手との間で、情緒的な交流ができていると感じられることが、決定的に重要。自分の中の揺れ動く気持ちが承認されること、相手の気持ちを知りたいという欲求を承認されることで、今の自分が肯定されている感覚になります。
逆に、自分の喜怒哀楽を見てもらえていないと感じる時や、相手の喜怒哀楽が見えないと感じる時(距離を置かれることを含む)、強烈に断絶の痛みを感じます。→アタッチメントの危機
智 探究の魂。世界の本質的な摂理を知り、その摂理に従って生きている善意を理解してもらえていると感じられることが決定的に重要。自分が探究してきた世界観や、それを全ての者のために生かそうとしている善意を承認される時、自分の人生が肯定されている感覚になります。
逆に、自分が発信する情報を根拠なく否定されたと感じる時や、長い時間感覚で広く慎重に届けている善意が否定されたと感じる時、これまでの全人生を抹消される痛みを感じます。→アタッチメントの危機
(これで全部ではないけれど、このような要素が必ずあります)
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これらはそれぞれの人の声を実際に聞けば聞くほど、深く根本から違っているということがわかります。
でもほとんどの人は、そんなふうに相手のことや、人の多様性について、聞いて知る機会はありません。実はパートナーじゃない人からじっくり聞けると、すごくわかってきます。
僕自身の例でいうなら、一番に智、次に勇が強い男性です。
たとえば旅行に行くことが必要なのは、僕の中の勇の魂からくる切実なニーズ、本物に触れたいのは智、世界への愛を見られたいのも智、こどもにいい環境と教育を与えてあげたいのは智と勇両方の要素あり、桂子さんに実際の成果を喜んで欲しいのは男性性です。
どれも、切ったら血が出るほどリアルな本物であり、もしこれらが「無視・軽視・否定」されると、「自分の大切な願いは、あなたにとってどうでもいいことなんだ」「自分はあなたにとって重要な存在ではないんだ」というメッセージとして届くわけです。
男性としては存在意義を否定される痛み、智としてはこれまでの人生を抹消される痛み、勇としては未来の可能性を否定される痛みなど。
っていう感じでね。
参考にしてみてください。




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